旅行貯金5000局達成記念旅同行(2003.01.16〜01.18)

私が趣味である「旅行貯金」だが、2001年5月15日に奈良県東向郵便局ではじめてから826局の郵便局で旅行貯金をしてきた。経験が浅く、上には上の方が当然いる。旅行貯金をはじめるきっかけになったのが種村直樹先生の本を読んだからだ。現在、旅行貯金をテーマとした著書は、種村先生の2冊だけである。インターネットで検索すると、多くの方が公開されている。
私自身、「種村直樹レイルウェイ・ライター友の会」に入っているおり、機関誌などで種村先生は「旅行貯金の5000局目は、鳥取県米子市にある五千石局で達成したい」といっていた。達成日を2003年1月17日にしていたので、私も「その歴史的瞬間を立ち会いたい」という気持ちがあったので、こちらもうまく日程を調整して行く事にした。先生は、東京から<出雲>で行くのがわかっていたので、大阪から行くとなれば、<だいせん>で行くか、新大阪6時台の新幹線で<やくも1号>を乗り行くしかなかった。私は前者を選び行く事にした。<だいせん>を乗るとなると2001年12月31日に「2002新春西日本乗り放題きっぷ」を使っての「2年越し西日本紀行」以来2回目である。前回と利用日が違うので少し安心できる。

≪2度目のだいせん≫
今回は平日だったので、篠山口までの利用者がほとんどだった。ホームライナー代わりに利用している感じだった。篠山口をすぎると車内はガラガラだった。篠山口を通勤に利用している方が「最終は、だいせんになるから」というのがわかる。現地に着いてわかったのだが、今回の参加者が数名乗っていた。

話を元に戻すと、米子に5時43分に到着したが、時間潰しが大変だった。「境港へ行けばよかった」としばらくして反省した。9時30分に先生が到着され、私は幹事さんから今回の趣旨を伺い、10時40分のバスで現地へ行く間、今回の提案した地元の方、先生と幹事さんで駅ビル2Fで食事をとった。正月に米子へ行ったKさんが、「モーニング頼んだら驚いた。パン、ゆで卵、サラダ、コーヒーになんとみそ汁がついていた。バイキングならわかるけど、ほんまにけったいやった。」というので私もそれを注文した。帰ってからその方に話すと「えっ!ほんまに行ったの?」驚きの様子だった。更に「ほんまやったやろ」と一言。
10時40分発のバスで現地へ向ったが、バスの運賃箱が故障するアクシデントが発生。30分近くして五千石局の最寄であるバス停に着いた。車で現地へ行った方が出迎えてくれた。いよいよ、歴史的瞬間が近づいてきた。
種村先生は、5000局目の日を予め設定していたので、4999局目の大崎駅前局で2002年12月30日に済ませてから、旅行貯金ができない日々を送っていた。途中で局があって、行くとすると今回の記録が潰れてしまう。じっと我慢していたのであった。
一行は、局に到着し、先に局に行った方と合流。種村先生の旅行貯金は、5000局を達成した訳です。これを祝う立て看板、局員からの花束、地元紙(日本海新聞)の取材と小さな郊外の局は、地元の方から見ると「何が起こったのか」という様子だと思います。ほとんどの方が貯金をしました。私は、会費をこの局で納めました。局の前で記念撮影と横の駐車場で乾杯し祝いました。
その後、何グループかに分かれ残りの時間を旅行貯金をしました。ある局で「先程なんですが、同じように貯金をされる方がおりまして、地元の方でなく名古屋の方でしたが、何かあるのですか?」と尋ねられ、一緒にまわっているうちの一人が「今日、五千石郵便局で5000局を達成した方がいらっしゃいまして、その方のグループの一部だと思います。明日の新聞に載ると思います。」と答えた。


このバスで出発

貯金の準備をする先生

待っている先生

掲示板にはこんなものが・・・

女性局員から花束をもらう先生

無事に5000局達成

五千石郵便局

記念消印&直筆サイン入りはがき

局からでてきた先生